2015年10月11日

貧乏旅行のススメ 初めてのモロッコ編

貧乏旅行一人旅に筆者が行った衝撃的な国はアフリカ・モロッコであった。


mma.gif



当時はイギリスに住んでおり、貧乏旅行一人旅でヨーロッパを電車で周ったりしていたが、貧乏な筆者には十分な資金がなく、いつも田舎町に滞在して食べたい物も食べれず、友人宅を周り世話になる、我慢の多い貧乏旅行であった。

その点、アフリカ・モロッコは、イギリスから飛行機で2時間、5000円程の格安航空券で行ける、スペインからであれば船でも行ける、友人の間でも評判の、貧乏旅行でも面白い国だったのである。



憧れのヨーロッパは貧乏旅行でも刺激的であったが、余裕が出来てからもう一度行きたいと、アフリカ貧乏旅行の経験から思うようになった。



貧乏旅行も程々にしておいたほうが楽しい。


貧乏旅行は我慢大会ではない。



通常であれば行く前に、地球の歩き方やネットなどを観て、色々調べていくのが普通であるが、モロッコ帰りの友人の話を一通り聞いた私は、行く都市だけを決め、チケットをとり、飛行機にのっってしまったのである。



モロッコには多くの魅力的な街があるが、貧乏旅行移動を最小限にという鉄則から、首都であるラバトやあの有名なカサブランカは入れず、マラケシュ、メルズーガ、シェフシャウエンと、友人の話の中で、面白そうだった3つの街に絞っていた。


面白いことに、町によって色分けされているという。



マラケシュは町全体が

メルズーガは砂漠だけに茶色

シェフシャウエンはブルー



とそれぞれ色が違う。その近辺の岩から作る色なので天然の色分けだと聞いた。



最初の目的地は赤く燃える街マラケシュ



旅人が一番多いと聞き、情報をとりやすいと考え、近代的な町ではなく旧市街であるメデイナ目的で選んだ街。


たいした情報もなく、地図もガイドブックも持たずにたどり着いたマラケシュ空港から見たアフリカの空はとても青く、空気は乾燥していたが、9月下旬でも日差しは強く、正にベストシーズンに来たといった印象だった。


空港では英語を話せる人はおらず、観光客同士が情報交換していた。


とにかく人の集まるところに行く



フランスの植民地であったモロッコはフランス語が通じる為、フランス人観光客が多く、フランス人に聞けば質の良い情報が簡単に手に入った


モロッコ人に聞くのは危険である。というより無謀である。


基本的に何でも有料で、向こうの都合のいい情報しか入らないと思ったほうが良い。



観光で成り立っている発展途上国で、金払いがよく、はっきり断るのが下手な日本人はアメリカ人観光客をしのぐ上客なのだ。


4.jpg
昼のフナ広場 実際はもっと活気に溢れている いい写真が無く申し訳ない



バスに乗りフナ広場に着くと、活気のある、広場自体が燃えているようなパワーで溢れており、まとわりついて来る自称ガイドの中には日本語がペラペラなヤツもいた。ちなみに、こんなヤツが一番怪しい。


たいていの客引きは


トモダチ!

トーキョー?オーサカ?


などと知っている日本語を全部並べ、腕をつかみ、商品を見せてくる。

誰が教えたのか、中には


ミヤ〜サコ〜デスッ!


なんてのもいた。。

最初はその力強さが面白くて、要らないとかなんとか笑いながら話してたけど、やつらのガッツはすさまじく、笑ったりすると本当にしつこくなるので、そのうちいちいち反応しなくなる。


まずは名物料理で腹ごしらえと、カフェで甘いハーブティーを飲み、初めてのタジンを食べていると、以外に旨いモロッコ料理に気分も上々、食事をしている間ズーっと横に立ち、目を見ながら手を出し続ける物乞いに少しのコインをあげ、もう帰れとうながす。


こういったやり取りは不思議とすぐに慣れるものである。


フナ広場脇には情報どうり、沢山の安宿が並び、何件かは満室で断られるも、一泊500円程度で十分な部屋を見つけれた・・。


3.jpg
赤い町並みが特徴のマラケシュのメディナ 安宿街



とにかく早く重いバックパックを置き、シャワーを浴びてあの活気ある広場に戻りたかったが、重いバックパックを担ぎ、歩き回った疲れは大きく、ちょっと休もうと横になったが最後、この後とんでもない事になるとも知らず寝てしまった、モロッコ初日のマラケシュの夜であった。
タグ:モロッコ

2009年11月15日

自然が一番好き

旅先で見る自然の壮大さに感動して、いきなり自然が大好きになった。

それまでは自然って年に数回遊びに行けば良いと思っていたけど、今では自然の中で暮らしたいと思うようになった。

自然の中での芸術的な景色を見ながら暮らし、自然を五感で感じながら暮らす生活。

これが最高だと思う。

2009年11月14日

旅の楽しさ

旅先でのことについていろいろと考えているだけで楽しい。

次に行く旅の事を考えるのも好き。

旅は力をくれる。

旅先では思いっきり力を抜いて楽しむのですが、それでも旅の情熱は熱い。

旅先での写真をもっと良いものが撮りたいので、一眼レフカメラを購入予定。

良い写真を撮ってきます。

2009年08月17日

カトゥマンドゥでの生活

カトゥマンドゥでの滞在期間は5日ほどであったが、なんとも埃っぽくて、快適な街だった。

初日はウロウロして疲れて決めた宿に泊まったが、何とも言えない汚さが落ち着いた。

早速バックパックを置いて、錆っぽい水の噴出すシャワーを浴びる。

汗だくの火照った体をすっきりとさせてから、財布とタバコだけ持ってうろつく事にした。

街中は細い道が入り組み、埃の舞う中多くの人が行きかい、にぎわっていた。

いつもどおり僕は、地図を見ずに迷いながら歩こうと歩き始めたが、30分もすると完全に何処にいるのかわからなくなった。

北も南もわからんし、地図を見ても何処にいるのかさっぱり解らん。

この状態がとってもワクワクするので、とにかく気の向くまま迷い続ける。

どんどんと現地人しかいないエリアになり、楽しくなってくる。

通り沿いで売っている焼いた団子や、あまーい原色のお菓子なんかをつまみ食いしながら、僕は今、一人でネパールにきてるんだって感触をかみ締めていた。

埃っぽい味の駄菓子でお腹一杯になる前に、見かけた現地の食堂で、早めの夕食を取る事にした。

ネパール1.jpg

2009年07月28日

ネパール旅行記・首都カトマンドゥでの日々

ネパールに行こうと思い立ったのは、イギリスから帰って来てから次ぎの年なので、2007年の春頃、だったと思う。。

記憶の曖昧な僕ですが、記憶を辿って書くので事実かどうかもわかりません。そこんとこヨロシク。

さて、本当はインドに行きたかったのだが、友人がネパールに行って来たばかりでその話ばっかりするもんで、何故かネパールに行ってみたくなったんですよ。肺。じゃなくてハイ。

「インドより人あたりゆるいしいいトコだ。久しぶりの旅だったら、いきなりインドメンドクセーぞ。」

そんな言葉に揺さぶられて行くことになったネパールだが、行ってみたら本当に面白かった。

最初に着いたトコは首都カトマンドゥ。

関西空港から、どっか経由して、そして着いた。たぶん中国経由。

たぶん5時間位。だったかな。

モロッコとどうちがうんだろ。

位に思っていた僕は、ついてからもなんとなくアジア。位にしか思わなかったけど、やっぱ途上国の滅茶苦茶な雰囲気と、皮膚に突き刺さる太陽に興奮した。

空港に着いたとたんに芸能人並の歓迎を受け、俺が送ってやるよと名乗り出てくる男たち。

久しぶりだったのでチョットばかし遊びながら相手してたけど、直ぐに疲れてきたので、空港に引き返した。

空港には同じ飛行機に乗っていた乗客で溢れかえっていたけど、イギリス人の女の子達に話しかけ、何処のホテルに泊まるのか聞き込みを開始。

聞いてみてびっくり、たっけーホテルに泊まるってんで、俺には無理だとあきらめた。後で会う約束だけして辺りを又うろちょろ。

日本人はいないかな?なんて見てると、二人組みの日本人女子達はっけーん。

さっそく話しかけて聞きこむと、ホテル取ってないらしく、地球の歩き方を持ってた。

いつもどうりなにも持ってない僕は、一緒にさがそーよ、なんていーながら合流決定。

ホテルに電話すると迎えに来てくれるって事になった。

彼女達は英語話せないらしく、電話してくれてありがとーなんて言ってたけど、自分たちだけでどうするつもりだったのか不思議だった。僕が言うのもなんですが、なんとかなるってことなんだろう。

次に続く。

ネパール 6.jpg






×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。